ここでは、精神分析のうち、対象関係論についてまとめます。
用語:
対象関係論は、「対象との関係を問題とし、乳児との母親の依存関係、無意識やリビドーを重視した精神分析」です。
対象関係論で言う「対象」とは、主体(自己)と区別され、主体の心の中で意識が向けられる重要なものをさします。内的対象あるいは対象表象と呼ばれます。
対象関係論の歴史は、Klein,M(メラニー・クライン)から始まったとされます。
フロイトの発達論は、幼児期から思春期までの発達を、主に小児性欲を基礎として説明しています。それに対して、メラニー・クラインが提唱するクライン派理論では、精神分析が対象とする時期よりもっと早い時期に、「原始的防衛機制」が働き、内的両親像から超自我が形成されると考えました。
その後、メラニー・クラインの考えがWinnicott,D.W(ウィニコット)らにより発展させられた理論が「対象関係論」です。
対象関係論という言葉を初めて正式に使った人物は、Fairbairn,W.R.D. (フェアバーン)です。
フェアバーンは、精神分析学理論の中でも独創的であると言われており、パーソナリティを内的な対象関係の布置として考え、イドから自我を重視し、自我心理学とも対象関係論とも異なる成熟した依存を考えました。
乳児期のおける主な対象は母親ですが、Klein,M(メラニー・クライン)は、発達の初期には母親の一部(乳房)を対象として認識すると考えました。
この対象は、自分の欲求を満たしてくれる、つまり、母乳を与えてくれて暖かく包み込んでくれる、「良い対象」と、そういう欲求を満たしてくれない「悪い対象」の両方のイメージを持つとされます。
そして、「良い対象」には自分の良い部分が投影され(理想化)、「悪い対象」には自分への迫害者とみなし攻撃衝動が投影されると考えます。
この結果、乳児は異なる2つの対象と感情を同時に持つという矛盾を抱えることになり、その矛盾に対して「妄想−分裂」と「抑うつ」という2つのポジションを行き来するとされています。
上記のようなポジションを行き来しながら感じている葛藤に耐えていることで、次第に良い対象との関係が安定し、愛情が破壊衝動を上回ると、統合が進んでいきます。そして、2〜3歳ぐらいまでには「良い対象」と「悪い対象」が全体としての対象に統合され、対象そのものも乳房から母親へと「全体的な対象」に統合されていきます。
対象(母親)が全体対象に統合された結果、その場にいなくても、あるいは怒ったりしても、関係(リビドー供給)が維持されることを「対象恒常性」といい、正常な母子の分離が可能となるとされます。
対象関係論では、何らかの理由で十分な愛情を受けられないと「良い対象」と「悪い対象」の統合ができず、分裂したままになり、これが境界性人格構造(BPO)の原因と考えます。
マーガレット・マーラー(Mahler,M.S)は、自我心理学的対象論に分類されることがあります。
マーラーの分離個体化理論とは、幼児が母親との共生から分離-個体化していき、対象恒常性を獲得していく過程を記述したものです。この観点から種々の精神障害を説明しました。
正常な自閉期 (0〜1ヶ月) |
自己と他者の識別がなく、欲求が内部で全面的に満たされる。 |
正常な共生期 (2〜5ヶ月) |
内部と外部の識別が生じるが、母親とは全能的な一体感を持つ。 |
分離個体化期 (5〜36ヶ月) |
「分化期」5〜9ヶ月: 母親を対象として認識し、母親を特定化する。 「練習期」9〜15ヶ月: 基地としての母親、母親から離れ近くを動き回り探索する。 「再接近期」15〜24ヶ月: 母親を別の存在として認識し、両価傾向を持つ。 「再個体化期」25〜36ヶ月: 情緒的対象恒常性が萌芽し、母親表象が統合化され、母親の不在に耐え母親から離れて他の子どもと遊ぶ。 |
ドナルド・ウィニコット(Winnicott,D.W)は、乳児が母親と分離するまでの過程において、「ホールディング」、「ほどよい母親」、「移行対象」といった概念を考えました。
ウィニッコットによると、母親は、産後に乳児の世話に没頭できる特殊な心理状態である「原始的没頭」により、日々繰り返される育児のすべてにおいて乳児が安心できる環境を作ります。
そのような環境からの「ホールディング」によって、乳児は、母親が内的世界における主観的な対象であり、乳房を自分の一部ととらえるような錯覚を持ちます。
その後、母親は没頭時期から「ほどよい母親」になり、乳幼児はそれによって母親を客観的に理解するようになります。
そして、「移行対象」を介しながら、内的対象の錯覚を脱して、母子分離(=移行)が達成されると考えました。
ホールディング(Holding)とは、乳児が絶対的依存の段階に環境から与えられるすべての供給を意味し、実際の抱っこだけでなく、情緒的かかわりを含みます。
ほどよい母親とは、原始的没頭時期がおわり、ほどほどに乳児と接するようになる母親のことです。乳幼児への「適度の世話」によって快適な環境と対象としての恒常性を与えます。ほどよい母親でない場合としては、過度に乳児に没頭しすぎてしまったり、逆に関心をむけられない母親があります。
「偽りの自己」とは、母親からのほどよい応答がない場合、幼児は母親のひとりよがりな態度に服従させられ、現実に対して防衛的な敵対構造が形成されることをさします。
移行対象とは、乳幼児が特別に愛着を寄せるタオルやぬいぐるみなどのことをさします。
ストレスフルな状況で母親の象徴的代理となり、母子の分離への移行を促進するものとされます。
ビオン(Bion,W.R.)は、乳児(患者)の情緒や思考を育てるために母親(治療者)が担っている情緒的・認知的役割を意味する「コンティナー/コンテインド理論」を提唱しました。
「コンティナー」は、乳児の苦痛を包みこみ(コンテインし)、不安の意味を理解し、乳児に耐えられるような形に修正して、それを子どもに戻していく母親の機能です。
「コンテインド」は、対象の中に投影される乳児(患者)側の不安や苦痛です。
治療関係における原初的なコミュニケーション部分の理解に対して、不安や苦痛(コンテインド)を投影同一化によって伝えようとするクライエントと、逆転移を通してその投影同一化の中身を理解しようとする分析家の役割(コンテイナー)という観点をもたらしました。
ビオンは集団精神療法や精神病者の精神分析を通じて、「Basic Assumption(基底想定)」や精神病・非精神病のパーソナリティなども提唱しました。
Basic assumption (基底想定)とは、無意識な凝集性が働くグループ心性であり、グループの力動を決定づけているとされます。